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大阪高等裁判所 昭和34年(ラ)406号 決定

抗告人 竹中佳年

相手方 竹中淳子

主文

原審判を次のとおり変更する。

抗告人は相手方に対し、昭和三六年二月一日以降両名が別居して婚姻を継続する間、一ヵ月金五、〇〇〇円ずつを毎月末日かぎり相手方住所に持参または送金して支払え。

理由

抗告人は、「原審判を取消す。本件を神戸家庭裁判所尼崎支部に差戻す」との裁判を求め、相手方は抗告棄却を求めた。

抗告理由の要旨は、「原審判は本件当事者間の婚姻の破綻を認め、その原因の一つを、封建的な両親との同居を望む抗告人にありとしているが、失業した両親を養うことは婚姻当初からの約束であり、長男である抗告人としては当然のことである。また、原審判が、相手方の病気(結核、ノイローゼ)が破綻を顕在化させたと見ていることは正しいが、その責任の一端を抗告人に転嫁しているのは不当である。抗告人は相手方が健康であることを条件として婚姻したのに、結婚後まもなく発病したのは相手方が既往症またはすでに罹患していることを隠していたといわざるをえない。またノイローゼというのは、相手方が抗告人及びその家族との同居を拒む口実にすぎないもので虚偽であると思われる。つぎに原審判は、婚家との協調に努力しようとせず置手紙を残して実家に逃亡した相手方に同情的で、かえつて置手紙された方を非難するように見えるのは常識人の評価に反する。このような相手方の行為は一方的な同居義務からの離脱であり、なんら正当の理由のない同居義務違反行為である。にも拘らず抗告人に対し同居、協力義務の履行を求め、それができなければ金銭に換えて代償に当てようとする相手方の請求は許さるべきではない。また、本件においては婚姻がすでに破綻し、夫婦が別居してそれぞれ自立して生活しており、相手方も嫁入道具を殆ど持去つて婚姻復帰の意思がないことを表明しているのであるから、婚姻から生ずる費用の負担を求める相手方の請求は、もはや対象たる婚姻の実体を欠如するものとして許されない。かりに本件を扶養請求とみても、相手方は現在株式会社野里電気工業所に勤務し月収七、五〇〇円を得ているから、扶養の必要はない。以上、原審判には事実の誤認、逸脱と法律の誤解があるものと思料するので本件抗告に及んだ」、というのである。

そこで検討したところ、「本件当事者間の婚姻がすでに破綻の状態にあること、かかる破綻状態の夫婦間においても民法第七六〇条の適用があり、本件のごとく婚姻費用の分担請求が結局一方配偶者の生活費の請求を意味する事案においては民法第七五二条の扶助請求の性質を持つものと解されること、本件において婚姻が破綻するにいたつた経緯及びその責任の所在、同居義務違反の有無」の諸点についての当裁判所の事実上及び法律上の判断は、原審判の理由中に示すところと同一であつて、原審判には抗告人の指摘するような誤りはない。

しかしながら、抗告人が相手方に対して費用を分担すべき程度については、原審判に説示の諸事情のほか、当審における口頭弁論の結果ならびに藤本春治作成の調査報告書の記載を参酌すれば、一ヵ月金五、〇〇〇円をもつて相当と考えられ、また、相手方は今日まで実家にあつて父母と同居し、豊かとはいえないにしても一応普通の生計を維持し得ており、その間の生活費のため借財ができて返済を要するというような格別の事情もないことを推知しうるので、抗告人の資産、収入の点をも考慮すれば、既往の生活に要した費用についてもはもはや抗告人に対しこれを遡つて分担せしめる必要がなくこの分についての請求権は消滅したものといわざるをえない。けだし、夫婦間の扶助または婚姻費用分担に関する請求権は、それぞれの法律要件の存在によつて実体法上発生し、審判によつて創設される権利はないと解されるのであるが、このような身分関係にもとづく請求権は、一般の財産法上の債権と異り、法律要件の存在により一たん発生したのちにおいても、夫婦間またはその各当事者に生起変動するその後の事情により、その額を増減し或いは消滅すると解することが、かえつて衡平に適し法の趣旨に副うからである。

以上、抗告人をして昭和三六年二月一日以降一ヵ月金五、〇〇〇円ずつの婚姻費用を分担させるのが相当であつて、本件抗告は一部理由があるから家事審判規則第一九条第二項により主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 亀井左取 裁判官 杉山克彦 裁判官 新月寛)

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